華僑・華人経営者はなぜ日本で成功するのか?

はじめに

2000年時点で32万人だった日本在住の中国人は2018年で”100万人”近くになった。観光・インバウンド、飲食・コンビニ・工場等での労働人材、タワーマンションの大口顧客など日本社会に少なからぬ影響を与えるようになった中国人、華僑・華人。
その中でも今回は日本社会でも静かに着実に影響力を持ち始めている”華僑・華人経営者”に着目する。
この記事が華僑・華人の起業やベンチャーに興味のある人、日本と中国のビジネスに関心のある人の役に立ち、起業やベンチャー創業の後押しになる事を願ってやまない。

華僑・華人経営者とは何か

“華僑・華人経営者”について語る前にまず、華僑と華人の定義について明記しておきたい。本記事においては”華僑”を中華人民共和国及び中華民国国籍を保持している中華圏にルーツを持つ人の事、”華人”を現地国籍のみを所有する中華圏にルーツを持つ人の事を指すとする。

“華僑・華人経営者”とはその名の通り、中華圏にルーツを持ちながらも、中華圏外にて経営者及び事業家としてその名を馳せ、現地で会社の経営者として活躍されている方々の事を指す。
東南アジアにおける”華僑財閥”に代表されるように”華僑・華人経営者”は日本のみならず、タイやマレーシア或いは米国においても多数存在する
彼らの特徴として、華僑・華人や家族・親戚などの身内で上層部を固めた企業の創業・経営している、コングロマリットを形成し現地経済の富裕層となっている、華僑・華人を対象とした医食学住(医者、飲食店、学校、不動産など)を商売にしている点などが挙げられる。

日本における華僑・華人経営者とは何か

日本も例外なく”華僑・華人経営者”は存在する。『週刊ダイヤモンド2018年7/7号”ニッポンの中国人 全解明』によると、日本で成功している華僑・華人が代表の会社は数の増加だけでなく、業種が多様化しているという。

引用:日本で成功する華僑・華人が代表者の企業『週刊ダイヤモンド2018年7/7号”ニッポンの中国人 全解明』

日本における”華僑・華人経営者”の特徴の一つとして”日陰から表舞台への現出”が挙げられるだろう

1980年~1990年代に日本に移民した華人の人々は、貧しく、言語の壁もあって周囲の日本人から信頼を得るのも難しかっただろう。当時の日本では就職や結婚も不利になったにちがいない。だが、そんな華僑・華人の人たちだったからこそ、「日本人にないもの」を探し続けたに違いない。その行動が功を成したもの1つが、雇われる者ではなく、雇う者としてのビジネスの成功だったのである。

この”華僑・華人経営者”の特徴を実例を交えて紹介したい。邱永漢(1924年-2012年)という実業家をご存知の読者はいらっしゃるだろうか。”華僑・華人経営者”を代表する一人として紹介する。邱永漢は、1924年台湾・台南市生まれ。1945年東京大学経済学部卒業。小説『香港』にて第34回直木賞受賞。以来、作家・経済評論家・経営コンサルタントとして幅広く活動。東京・台北・上海などを飛び回っていた実業家である。

 

彼の実力を示すエピソードが著作より引用されているので紹介する。1948年、当時25歳だった邱永漢青年は台湾独立運動に関係して中国政府から逮捕状が出されたため、香港に亡命。このとき、香港から当時物資不足だった日本に郵便小包で商品を送る事業を始めて成功を収めた。月収が当時の金で100万円、現代の円に換算すると約1500万円を稼いでいたという。まさに”アウトローでも月収1,500万を稼ぐ”という凄技を若くして成し遂げていた。

邱永漢が手掛けていた事業は幅広く、コーヒー栽培事業の他、ドライクリーニング業、砂利採取業、ビル経営、毛生え薬の販売など様々な方面のビジネスで活躍しており、日本におけるビジネスホテル経営の元祖でもあると言われる。

このように、日本においても邱永漢などを始めとし、”華僑・華人経営者”は日陰者からビジネスの立役者へと変貌を遂げる事ができている

では、なぜ彼らが日本という異国の地においても日本人に負けないかそれ以上の成功を果たせているのか。次項で紐解いていく。

華僑・華人経営者はなぜここまで成功できたのか

①中国国内の熾烈な競争の存在

華僑・華人という「知識社会」

歴史を遡ると、中国では6世紀の隋で始まった科挙によって知識社会が大衆化し、500年から1000年時を経ることで、庶民までが「知は力なり」という価値観を受け入れるようになった。これは東アジア諸国における「学歴・社歴至上主義」の形成に一役を買った。

もちろん”知識社会”における高官のポジションは限られており、獲得には競争が伴う。特に人口が約14億人存在する中国では高い学歴のポストと高い学歴を欲する人々の供給と需要に大幅なアンバランスが存在するのは自明の理だ。

それ故、家庭は子息に勤勉を奨励し、苛烈な努力による成功を求める。この傾向は中国人を両親に持つ華僑・華人も例に漏れない。

「学歴・社歴至上主義」が生み出す”エリート華僑・華人材”

「知は力なり」という価値観を受け継いだ異国の華僑・華人たちは勤勉に勉学や仕事に励む事で、大きな成果を残してきた。下記画像はその結果の一部だ。

引用:日本で成功する華僑・華人が代表者の企業『週刊ダイヤモンド2018年7/7号”ニッポンの中国人 全解明』

上海で高い不動産を買うくらいなら、日本で安く買って暮らそう

こうして、華僑・華人たちは学歴・社歴・経済的合理の追及において、自国での熾烈な競争を避け、異国の地で勤勉に励むことで、現地人以上の成功を手にするケースが往々にして生まれたのである。それ一例が中国人や華僑・華人たちによる不動産爆買い現象である。

「上海でそれなりのエリアでマンションを買おうとしたら、1億円ではとても足りない。しかし、日本なら複数の物件を買える。」と彼らは述べるのである。

②社会の王道を歩まぬ存在だからこそ走れる裏道・気付ける違い

前述した邱永漢はこのような名言を残している。

起業とは社会の新しいスキマを見つけ出してきて、そのスキマを埋める作業に従事することです。うまくこの作業に成功した人は大金持ちにもなれるし、日本の産業界のリーダーにもなれます。ですから、脱サラして起業を志す人が後を絶たないのです。」

華僑・華人たちは日本という異国の地で生き残るために、日本人と同じ土俵で勝負したのでは、勝つ見込みは少ないということを認識していた。
つまり、大手企業に新卒で就職して、終身雇用と年功序列の中で所得を上げていき、役職に就いて多額の退職金を貰って退職するサラリーマン人生での勝負を極力避けたのである
そのため、家族を食わせ、金を稼ぐために、大企業が手を出さないビジネスチャンスを見つけ出し、ゲリラ的戦法を繰り広げていったのである。

③華僑・華人ネットワークによる助け合い

華僑・華人という共通項で繋がり合う集団は世界中に存在する。日本にももちろん漏れなくだ。日本における華人のネットワークの1つに「日本華僑華人聯合総会」という会が存在する。日本全国約40カ所に拠点が存在しており、情報交換や新しい繋がりの形成を行っている。

ニッチではあるが、筆者の父は「日本関西台商協会」に所属している。ここでは会が開催される度にビジネス商談が参加者同士で取り交わされ、商売の売買が盛んにおこなわれている。

このように共通項で繋がった彼らは独自のネットワークを活用して、異国でのビジネスを成功させてきたと言えるであろう。

終わりに

本記事では日本に存在する”華僑・華人経営者”がなぜ成功してきたのかを中心に紹介をしてきた。最後に、彼ら”華僑・華人経営者”から読者は何を学べるのかを考察し、本記事を閉じる。

「貪欲は万事成功の祖である」とまずは伝えたい。中国での熾烈な競争を避け、日本に来た華僑・華人たちは成功のために努力を惜しまない勤勉な性格を持っている傾向がある。成功しても失敗してもまだまだ上を目指す向上心の高さは起業時に役立つマインドセットであると言えよう。

次は「ニッチ・ブルーオーシャンのプロたれ」である

現地人に真っ向勝負では勝てない”華僑・華人経営者”は日本人が見落すお金儲けのスキマからビジネスの成功を探る。また、少数精鋭で機動的に動くため、ゲリラ的戦法を繰り広げるのが得意だ。まだ、だれも気付いていない小さな市場を開拓する事から始めるという視点はきっと新しいビジネスを考える際のヒントとなるだろう。

最後は「”違い”と”共通”は仲間意識を醸成する」である。彼らは”異国”の地において”華僑・華人”という共通項において互いに助け合い、成功への道を歩んだ。この意識付けは華僑・華人に限らないはずである。

以上、筆者の記事が誰かの役に立てることを願い文章を閉じることにする。ここまで長文を読んで頂き、お礼感謝申し上げる。

  • 執筆者紹介
    • 名前:Sushi
    • 1993年7月タイ・バンコクにて“華僑・華人経営者”の家庭に生まれる。3歳に渡日し、大阪へ。
      家業はアパレル貿易を営み、税金管理・輸出入品売買・顧客対応などが家族会議の中心だった環境で育つ。それに強く影響を受け、米ワシントン大学滞在時にラーメンECビジネス創業。
      現在、東京にてコンサルファーム勤務。

 

  • 参考文献
    • 週刊ダイヤモンド『2018年7/7号”ニッポンの中国人 全解明』、2018年
    • 橘玲『もっと言ってはいけない』、2018年
    • 邱永漢『起業の着眼点』、2006年

 

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